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執筆者の写真横村 出 / Izuru Yokomura

暗殺のロシアン・シンドローム


アレクセイ・ナワリヌイ / 2011 年10月 ミーチャ・アレシュコフスキー撮影
アレクセイ・ナワリヌイ / 2011 年10月 ミーチャ・アレシュコフスキー撮影

2月16日、プーチンが最も怖れたロシア人、アレクセイ・ナワリヌイの死が報じられた。北極圏のヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所IK-3で、体調を崩しながら〝懲罰房〟に監禁されていた。死因について、当局の発表を真に受ける向きはない。人権侵害の法に基づき逮捕拘禁された帰結である死に、国家が責めを負うのはいうまでもない。


ナワリヌイが、プーチンを瀬戸際まで追いつめたのは、2011年ロシア下院選の不正をめぐる反政府デモだった。世界では、権威主義をつぎつぎに打ち倒した〝アラブの春〟の嵐が吹き荒れていた。ナワリヌイは、ロシア政府の海外不動産取引の不正を暴露、選挙の不正疑惑に飛び火させ、ソ連崩壊後最大の反政府運動のリーダーに躍り出た。


スターリン時代の政治犯刑務所の対岸に建つ追悼碑の前で、ナワリヌイに捧げられた献花 / 2024年2月16日 サンクトペテルブルク (in public domain)
スターリン時代の政治犯刑務所の対岸に建つ追悼碑の前で、ナワリヌイに捧げられた献花 / 2024年2月16日 サンクトペテルブルク (パブリックドメイン投稿より)

2012年の大統領選に前後し、ナワリヌイへの当局の妨害が激しくなり、たびたび身柄を拘束されている。デモを弾圧して大統領に返り咲いたプーチンには、支持者の前で安堵の涙を流させた。プーチン政権の〝闇の執行人〟であるシロビキ(権力機関)が、ナワリヌイの抹殺に本腰を入れたのも、この時期からだった。


再びナワリヌイが世界の耳目を集めたのが、2020年夏、旅客機で移動中に毒物反応を起こし、最終的にドイツへ搬送されたときだ。神経剤ノビチョクが使われたと判明、英国の調査報道機関〝ベリングキャット〟がFSBの暗殺班を特定した。のちに、ドキュメンタリーとして公開された映画〝ナワリヌイ〟のなかで、本人がこう語っている。


「わたしたちが信じられないくらい強いから、彼らはわたしを殺すと決めたのだ」


2021年1月、ナワリヌイは収監を覚悟のうえでロシアへ帰国した。ドイツにとどまって活動する選択もあったはずだ。そうしないのは、彼の〝自負〟ではないかと思える。かつてソ連から西側へ亡命した反体制活動家が、ソ連崩壊後に帰国しても冷たい視線を浴びただけだった。ナワリヌイには、かつて極右民族主義者だったという別の顔がある。


2021年2月20日、裁判所に出廷したナワリヌイ / エフゲニー・フェルドマン撮影
2021年2月20日、裁判所に出廷したナワリヌイ / エフゲニー・フェルドマン撮影

彼の支持者は、「プーチンのいないロシアは、美しい」と考えている。同じように抹殺されたジャーナリストや人権活動家が、プーチン政治の闇を追及しながら、ロシアへの絶望を深めたのとは異なる。カリスマをもつナワリヌイは、プーチンにむらがる腐った強欲をあばき、激しい怒りをかき立てた。それこそ、プーチンが彼を最も怖れる理由だった。


1カ月後の3月17日には大統領選がある。通算5選目が確実なプーチンだが、長引く戦争に有権者が疑心暗鬼にならないはずがない。ナワリヌイの盟友イリヤ・ヤシン(2022年収監)、活動家アンドレイ・ピボワロフ(2022年収監)、ジャーナリストのウラジーミル・カラムルザ(2023年収監)といった政敵がいて、これからもプーチンは〝ナワリヌイの呪縛〟から逃れられない。


プーチン政権下で、反体制活動家や政府要人らが突然死亡する事件を〝ロシア突然死シンドローム〟と呼ぶ。暗殺が疑われても、当局によって心臓発作や事件事故で片付けられるためだ。まやかしに使われたこの言葉が、ロシアのSNSアンダーグラウンドで"暗殺"を意味する隠喩になっている。そうしたロシア人のおもなリストは次の通りである。


アレクセイ・ナワリヌイ (野党指導者) 2024年2月、北極圏の刑務所で不審死 47歳

マクシム・ボロジン(ジャーナリスト)2018年4月、エカテリンブルクで転落死 32歳

ボリス・ネムツォフ(政治家・元副首相)2015年2月、モスクワで暗殺 55歳

セルゲイ・マグニツキー(弁護士)2009年11月、モスクワの獄中で不審死 37歳

ナタリヤ・エステミロワ(人権活動家)2009年7月、カフカスで暗殺 50歳

アレクサンドル・リトビネンコ(元FSB中佐)2006年11月、ロンドンで暗殺 44歳

アンナ・ポリトコフスカヤ(ジャーナリスト)2006年1月、モスクワで暗殺48歳


戦時体制に変わってから、プーチンを支持するオリガルヒ(新興財閥)の幹部や政府高官にも不審死が相次いでいる。なかには戦争を批判した人や、ロシア制裁で経営不振になった企業、戦争の資金を扱った公務員も含まれる。おもな人物を列挙する。


エフゲニー・プリゴジン(民間軍事会社経営者)2023年8月、搭乗機墜落死

ピョートル・クチェレンコ(政府高官・戦争批判)2023年5月、飛行機で不審死

マリナ・ヤンキナ(国防省高官・財務担当)2023年2月、サンクトペテルブルクで転落死

パヴェル・アントフ(オリガルヒ・戦争批判)2022年12月、インドのホテルで転落死

ドミトリー・ゼレノフ(オリガルヒ・不動産王)2022年12月、フランスで転落死

バディム・ボイコ(戦争動員担当)2022年11月、ウラジオストクで不審死

ロマン・マリク(戦争動員担当)2022年10月、不審死

ラビル・マガノフ(ルクオイル会長・戦争批判)2022年9月、モスクワの病院で転落死

ウラジミール・スンゴルキン(ジャーナリスト)2022年9月、ハバロフスクで死亡

アナトリー・ゲラシチェンコ(科学者)2022年9月、モスクワで転落死

パヴェル・プチェルニコフ(オリガルヒ・鉄道経営)2022年9月、モスクワで不審死

イワン・ペチョーリン(極東開発公社幹部)2022年9月、ウラジオストクで溺死

ユーリ・ヴォロノフ(ガスプロム幹部)2022年7月、暗殺

アンドレイ・クルコフスキ(ガスプロム幹部)2022年5月、ロシア南部ソチで転落死

アレクサンドル・スボティン(ルクオイル幹部)2022年5月、モスクワで不審死

ウラジスラフ・アバエフ(ガスプロム銀行幹部)2022年4月、モスクワで不審死

セルゲイ・プロトセーニャ(オリガルヒ・ノヴァテク幹部)2022年4月、スペインで不審死

ワシリー・メルニコフ(オリガルヒ)2022年3月、ニジニノヴゴロドで不審死

アンドレイ・ボチコフ(科学者・コロナワクチン開発)2022年3月、モスクワで殺害

セルゲイ・グリシン(オリガルヒ・戦争批判)2022年3月、モスクワで不審死

イーゴリ・ノソフ(オリガルヒ)2022年2月、モスクワで死亡

アレクサンドル・チュラコフ(ガスプロム幹部)2022年2月、サンクトペテルブルクで不審死

レオニード・シュルマン(ガスプロム幹部)2022年1月、レニングラード州で不審死

セルゲイ・マクシミシン(医師・ナワリヌイを最初に治療)2021年2月、シベリアで急死

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