2012年、3期目の大統領に就任したプーチンは、統制を強化した国内基盤に支えられ、欧米の〝ほころび〟に関与し始める。米主導の対テロ戦に対抗したシリアへの軍事介入、核開発を進めるイランヘの支持、NATOに距離を置くトルコへの接近、台頭する欧州右翼への支援とEU分断、ブレグジットや2016年米大統領選に関わる〝ロシア疑惑〟である。
その背景には、グローバル化に疲弊した民主主義の世界的な退潮、中国の強国路線と中ロ蜜月の到来がある。ロシアの官僚・情報機関・軍産のシロビキ(権力派閥)が支えるプーチニズムは、ソ連や帝政期の絶対主義と本質的に同じで、国際社会の大きなジレンマになった。
だが、これまでのチェチェンやジョージアでの戦争に比べて、今回のウクライナ侵攻はかなり様相が違う。プーチンの「ロシア系住民の保護を要請された特別軍事作戦」という〝大義〟こそ十八番の演出だが、その目線の先に〝ポスト冷戦への挑戦〟を見すえている。
冷戦後の米国一極集中を塗り替える意図を象徴するのが、ウクライナ侵攻直後の2月末に発令された〝核臨戦態勢〟である。まさに「人類を人質にする」挑発といっていい。
ロシアは、戦争のエスカレーションを抑止するため核兵器をあえて使う〝E2DE〟戦略を公言してきた。冷戦後も長く信仰される〝核抑止論〟とは真逆の発想である。プーチンは、広島・長崎への米国の核投下を逆手に取り、自らの核の威嚇を正当化している。非核国に対して核攻撃を準備するなど、法と正義の原則を根底から覆す試みにほかならない。
だが、プーチンには誤算があった。ウクライナの短期掌握に失敗し、北欧全域にNATOを拡大させたうえ、支援だけで〝戦わない〟NATOの力を相対的に高めた。厳しいロシア制裁と排除は、中期的に国力を弱体化させる。プーチンは、エネルギーと食糧を武器に世界を分断する戦術に転じ、中ロとグローバルサウスの連携で〝世界再編〟にいまだ執着している。
その足もとでは、腹心の〝ワグネルの反乱〟のようにほころびがのぞく。民主主義と言論を弾圧しつつ、シロビキの影響力と利権を増殖させた点こそ、プーチニズムが崩壊する最大の陥穽(かんせい)になる。一方で、覇を競う米国が中国との連携を模索し始め、米中ロの3つの覇権の力学をめぐって、〝歴史的な変動〟に備えるべき時代が到来している。
*このテキストは、2023年7月に公開された著者による早稲田大学オープンカレッジのオンライン講座『プーチン〜闇の戦い』から採録しました。