2021年2月、米国のトランプ(前大統領)に対する2度目の弾劾裁判が連邦議会で行われた。トランプ支持者が起こした議会への襲撃事件をめぐって、前年11月の大統領選の結果を覆すため虚偽の主張をし、暴力を助長する扇動を行った疑いで、SNS等での発信記録と分析が証拠として提出された。追及する側の民主党は、米国の民主主義への脅威となって、平和的な政権交代を危うくした罪は重く、トランプが〝最高扇動者〟に当たると断じた。
共和党が多数を占める議会の勢力図によって、トランプが無罪と評決されたところで、国家の最高指導者として事実を軽視し、真実を歪め、国民の生存を脅かした現実まで帳消しにできない。社会の分断の溝を深め、そこから生じる対決のマグマを怒りに変え、解放と熱狂の騒乱へ導いた原動力こそ、トランプの〝フェイクの力〟であったことは、政治的に糾弾して済むことでもない。すでに、研究機関やメディアは、現代の病ともいえるフェイクがもたらした社会現象をデータに基づいて科学的に解明し、再発を防ぐ試みを始めている。
トランプのツイッター・アカウントは凍結されたが、その記録は〝トランプ・ツイッター・アーカイブ〟で閲覧できる。コーネル大学の研究者らが、大統領選の〝不正〟に関連するキーワードやタグによって約2800万件のツイート・リツイートを抽出、トランプやQアノンの発信が凍結される前後での情報の拡散について分析した。研究データはWEB上で共有されるしくみで、GAFAなど巨大ITメディアも注目している。しかし、こうした手法は、言論の自由が保障された社会でこそ公正に活用できる。権威主義的な体制下ではむしろ、逆に言論に介入するきっかけにもなる。
例えば、ロシアの有力ブロガーのナワリヌイは、政権幹部の不正蓄財や闇ビジネスをSNSで告発してきた。当局はネット上での膨大な情報交換に検閲と監視の目を光らせ、データ解析によって大規模な摘発を行い、〝不都合な真実〟が拡散しないよう情報をロックダウンした。中国では、2021年2月、英BBCに対し「真実公正かつ国益に反しないとの基準に違反した」とし、国内での放送を禁止した。香港と新疆での人権弾圧をめぐる報道や、英国内で中国メディアの免許が停止されたことへの報復として〝不正〟のレッテルを貼った。
まさに、G.オーウェルが著したディストピアを彷彿する光景だ。フェイクの扱いは、言論を保障する民主国家ほど頭を悩ませる難題である。メルケル(前独首相)は、トランプのSNS凍結をめぐって「意見表明の自由を制約する場合、法に基づくか、立法府によるべき」と警告した。民主主義における法治は、権威主義の法治とは真逆である。フェイクの影響を明らかにするデータや分析に基づいて、どのような社会変革を目指すのか、私たち自身が描く未来へのビジョンと意思の表明にかかっている。(つづく)
*このテキストは、2021年2月に公開された著者による早稲田大学オープンカレッジのオンライン講座『フェイクニュースと国際政治』から採録しました。
【追記】この記事は、2020年の米大統領選の結果をめぐる連邦議会襲撃や大統領弾劾で混乱する時期に書いた。2024年現在、トランプは次期大統領の有力候補として再浮上している。あれから3年以上たつが、襲撃事件の刑事責任や大統領選立候補資格をめぐる判断は宙に浮いたままだ。かつてエルバ島を脱出したナポレオンを歓喜で迎えたパリ市民のように、いくつもの裁判をすり抜ける人物に米国の有権者は喝采を送るのだろうか——