

何が「和平」か?
「君は、どういう意味で〝和平〟という言葉を使っているのかね? このパレスチナのどこにも〝和平〟など存在しないのに」—— 2002年5月、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラで、著名なパレスチナ人の国際政治学者にインタビューしていたときのこと。私が不用意に使った「和平」という言葉に一瞬で反応し、鋭く反論された。 その2年前の2000年7月に米国が仲介した中東和平会談が決裂し、当時はイスラエルの野党だったリクードの党首が、イスラムにとっても聖地であるエルサレムの神殿の丘へ立ち入った。これを挑発と受け止めたパレスチナが蜂起し、第2次インティファーダと呼ばれる紛争が続いていたころだ。 私が「和平」を口にしたのには理由がある。1993年のオスロ合意で結ばれた和平案が破綻した直後の2000年9月、ノルウェーのオスロでヤーグラン外相(元首相・ノーベル委員会委員長)を取材していた。ヤーグラン氏こそ、オスロ合意の秘密交渉に深く関わった人物だった。偶然にもそのとき、ニューヨークの国連本部から外相に電話が入った。インタビューを中座して戻った外相は、興奮を隠しきれない
横村 出|Izuru Yokomura
2025年12月7日


冬の市民 − 戦後80年の先に
臆面なき戦争の時代 2020年代の幕開けがコロナ禍であったことが「人類の運命の試金石だった」と、後世の歴史家は振り返ることになるだろう。疫病が、野蛮なテロリズムとポピュリズムで沸騰した人類へ〝冷や水〟を浴びせたのもつかの間、命を守るための「共存」と「平和構築」の価値観に回...
横村 出|Izuru Yokomura
2025年9月14日




